<Header>
<Author: 高適>
<Title: 人日寄杜二拾遺>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 唐詩選　上>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 漢文無假名>
<style2: 日本漢文訓讀無假名標注>
<TranslatedTitle: 人日　杜二拾遺に寄す >
<BookPage: 114>
<UsedPage: 1>
<Feature: 6>
<End Header>
<Poem>
人日題詩寄草堂，
遙憐故人思故鄉。
柳條弄色不忍見，
梅花滿枝空斷腸。
身在遠藩無所預，
心懷百憂復千慮。
今年人日空相憶，
明年人日知何處。
一臥東山三十春，
豈知書劒老風塵。
龍鐘還忝二千石，
愧爾東西南北人。
<End Poem>
<Translation>
今日は人(正月七日)だ。この詩をつくって成都の浣花草堂にいる君のもとへ送る。内亂以来、故郷に帰れないでいる君が、さぞ故郷を思う心が切だろうと同情にたえない。柳の枝はうすの芽を吹きそめて、やるせない思いをかきたてて見ていられない。梅の花はまさに満開だが、腸がたち切られるようなかなしみをさそうではないか。
自分は、ていよく左遷されて、この南の藩國におり、中央の重要問題は關知するところがない。しかし、世のなりゆきを眺めていると、憂慮にたえないことばかりだ。お互いに浮草のような身分で、どうなることでもない。今年の人日は、こぅやってむなしく手紙を送って思いを述べることだけはできた。さて來年はお互いにどこにいて どうなっていることやら。
自分も若いころにはずいぶん大志を抱いて一世を白眼視したものだった。昔の謝安石が東山に高臥したのをならったわけでもないが、三十年間も野にあって節を屈しなかった。それがふとしたことから官界に乗り出し、そこへあいにく、安祿山の大亂が 勃發するような破目になって、政治から足を洗うことができず、交土ともつかず軍人ともつかず、あちらへやられ、こちらへやられているうちに、とうとう老人になってしまった。この老いぼれた年になっても、刺史などという職にかじりついて、お上の祿を頂戴している。束縛のない身で自由に東西南北に放浪される君に對して、深くはずかしく思っている。
<End Translation>